2009年7月10日

マジック・マネーチェンジャーの怪

 先日、ビザの件で相談にこられた退職者の方が、開口一番、「いやー、フィリピンの洗礼を受けました」と仰られた。朝一、両替したら、1万円で5000ペソになるはずのものが3500ペソしかなかった、確かに店で数えているのを見ていたらあったはずなのに、後で数えたらたりないというのだ。当方の反応は「やられましたか、でも1万円だけ代えたというのは正解です。レートが良いというので欲をかいて、10万円とか100万円とかいう大金を両替して、騙される人が後をたたないのです。1万円でよい勉強をしましたね」だ。
 
 労せずして儲かる話というものは世の中には決してあるものではない。苦労しても苦労しても儲からないのが世の常だ。本当に儲かるのなら人に教えないで自分でやるはずだ。両替店にしても他の店より極端にレートが良い店などあるはずがない。特にエルミタ・マニラにはマジック・マネーチェンジャーがごろごろしており、連日マニラ新聞の一面をにぎわせている。
 つい先日、数十万円を両替して騙された日本女性が徹底的に追及してついに相手を追い詰めてついに全額取り戻すという快挙を成し遂げ、話題になった。彼女は30万円を両替して、7万ペソの不足に気がついて、即刻半分の3万5千ペソは取り返したものの、残りは後日返すと約束したまま、相手は行方をくらました。店が再開するのを待ちうけ、残りを取り返したというのだ。その間、警察や市民の協力を得るために、損害以上の費用を費やしたという。しかし騙されたままでは済まないという執念が勝ったのだった。
 しかし目の前で数えていて、それがわからないというのだから、まさにマジックだ。数えている最中にたくみに紙幣を隠すそうだが、一度その技を見てみたいと思う。しかし、かの勇気ある日本女性のおかげで警察も重い腰を上げて取り締まりに乗り出したというから、そのチャンスも当面ないかもしれない。警察は捜査にはほとんど協力しなかったというが、警察も多分におこぼれに預かっているきらいがあるので無理もないかもしれない。
PASCOホームページの関連記事は下記URLをクリック。新聞記事はクリックすると拡大して読むことが出来ます。




2009年7月8日

退職庁、24回目の創立記念に参加

 今年も退職庁(PRA)の創立記念日がやってきた。5年前、2004年の創立記念日に出席したのが初めてだったが、その時、当時のマルセロ副長官やリリヨ長官に強く勧められ、PRA入りを決意したのが昨日のように思い出される。

 昨年の創立記念パーティの様子はフィリピン退職庁の創立記念パーティをクリック 









 今回のパーティ会場は、開発が目覚しいボニファシオ・グローバルシティのJAIPURというインド・アラブ料理レストランだ。とても雰囲気のあるレストランで、30分ほど遅れて入ったら、アラビック・ダンスの真っ最中だった。ただ、中規模のレストランなので、参加者が数百人のパーティ会場としてはあまりに狭い。バギオを皮切りにマニラ、クラーク、セブ、ラグナ、ダバオとフィリピン全土でパーティを催すために予算が限られてしまっているためなのだろう。ちなみに、となりはEMBASSYという超高級レストラン・バーで、多くの有名女優や男優が集まることで有名だそうだ。
 ひとしきりダンス見物を楽しんだ後、お目当ての食事と思ったら、入り口のロビーを埋め尽くす長蛇の列だ。また、お皿を持って出てくる人を見るとスナック程度しか盛っていない。どうもこれも予算緊縮のためらしい。しかも飲み物はジュースのようなカクテルだけで、ビールは有料(110ペソ)だ。その長蛇の列は一向に進まず、30分ほど並んで料理が並べられているところにたどり着いて、ようやくなぞが解けた。ウエイターが二人しかおらず、その二人がゲストの希望を聞きながら、5種類ほどの料理をそれぞれの小皿に盛っているのだ。ゲストが自分でやれば早いものを、その二人がその役割を独占しているために、遅々として進まないのだ。もしかしたら、それも作戦かも知れないが、その列はパーティが終わってダンスタイムになっても続いていた(写真左下)。
 
 客の中には有名なコメディアン女優のTessie Thomasがいた(写真右下)。いわば日本のコロッケのようなタレントでイメルダ・マルコスなどのまねを上手にやるそうだ。








 この日の成果は、私のPRA時代のボスである元副長官のマルセロさんに会えたことだ。元々の彼のビジネスである金鉱山の経営も、昨今の金の値上がりで順調で、そのほかにアメリカの退職者の医療保険のビジネスをやっているそうだ(写真左下中央)。その外、PRAの会長で、元国家警察長官のゼネラル・アグリパイ(写真右下中央)、ゼネラル・リンガット長官などと挨拶を交わした。またすでにPRAを辞めているかつての同僚で、カナダ国籍を取得したロエルは私を抱きしめてなかなか放してくれなかった。








 ゼネラルリ・ンガット長官の隣にいるのがPRA職員のスカーレットだが(写真右下)、彼女はパーティで見かけるたびに妊娠している。私の記憶では、これで5人目の子供だと思うが、子沢山は幸せな家族の象徴だそうだ。









 フィリピン人の写真好きは格別なものがある。ゼネラル・アグリパイ会長を囲んでのPRAスタッフの記念写真に皆笑顔で集まってきてポーズをとってくれる。まるでパーティを開くのは写真を撮るのが目的と勘違いしているのではないかとさえ思ってしまう。

2009年7月6日

気功整体出張施術サービスの開始(その2)

 フレンドシップクラブの根本さんのはからいで、アンヘレス、クラークおよびターラックにお住まいの方に声をかけていただき、施術費を出張旅費の実費程度の500ペソ/人に割り引いてプロモを行なった。場所はフレンドシップ・クラブの1階のカラオケルーム。
本ブログの関連記事は気功整体出張施術サービスの開始 をクリック。

 行きがけに、従来より住宅建設のお手伝いをしていた退職者を所用で訪問したので、ついでにご主人の腰を施術した。退職者の方に体のことを聞くと実に10人に7~8人が何らかの痛みを持っていて、有川整体師の施術を喜んでもらえる。本格的な施術のために日を改めて再度訪問する予定だ。









 1時から始まった整体は午後1時から夜の8時過ぎまで7名、ぶっ続けで行なった。さすがの有川さんも疲労困憊、食後ホテルに戻ると、そのままバタンキューだったそうだ。クラークにお住まいの奥さんは「今日が限度」というほどの極端な肩こりで、そのため偏頭痛がひどく、限界状態だった。有川さんの施術で大分良くなったようで、数回やれば普通の状態にもどるとの事。他の方々も痛みがとれた、楽になった、すっきりしたなどの満足のご様子だった。

 この奥さんの旦那さんはサーファーで、有川さんと同じ趣味。以前サーフィンのメッカ、ラ・ユニオンで会った事もあり、サーフィン談義にひとしきり盛り上がった。又私自身も、青葉会という東北大出身者がフィリピンで組織している同窓会のメンバーに再会した。彼のお父さんは私と同じ名前の「和民、カズタミ」で、私が生涯ただ一人知っている同じ名前の人で、忘れもしない人なのだ。ちなみに居酒屋の「ワタミ」も同じ字を書くが、還暦を迎えている当方が元祖であることは間違いない。整体を通じて、色々な出会いがあって有意義な時を過ごすことが出来た。








 フレンシップクラブは1000平米近い庭がある。整体の施術中、フレンドシップのスタッフの佐藤さんは来客の方にゴルフの手ほどきを受けていた。ここでアプローチとパターをみっちり練習しておけば、コースへ出てもスコアアップは間違いない。








 フレンドシップ・クラブのある所は、クラークのフレンドシップ・ゲートを出て、しばらく行ったところのフレンドシップ・プラザというビレッジで、まさにフレンドシップずくめのクラブだ。ここのビレッジは豪邸が多く建ち、まるで御殿が並んでいるようだ。1億円かけたというフレンドシップ・クラブもここでは並みの建物だ(物価差を考慮すると日本の5億円に相当する)。一枚目の写真がフレンドシップ・クラブの正面写真。
フレンドシップ・クラブの関連記事はフレンドシップ・クラブの紹介をクリック。



























 連続建てテラスハウス(写真上左)の賃貸物件もあるが、一戸あたりの床面積が200平米程度あり、これらももはや豪邸の部類だ。
 フレンドシップ・クラブの片隅に咲いていた蘭の花。藤の花の様に垂れ下がっていて蘭としては珍しい形だ。良く見ると花の幹に蟻が歩いているのが見える(画面をクリックして拡大してみてください)。









 食事は必ず、野口さんの経営する「なるほどラーメン」で食べることにしている。行くたびにメニューが充実しているが、今回はツナどんぶりを食べた。一昨日から胃の痛みで苦しんでいたので、少しでも胃に優しいものと思ったのだが、なかなかいけた。「なるほどラーメン」の隣は有名な中華料理の店だが、そこにはホンダやヤマハの大型バイクが店の前いっぱいに並んでいた。アメリカ系のライダーか、あるはフィリピン人のお坊ちゃまか、フィリピンにも「族」が発生し始めたのだろうか。
「なるほどラーメン」の関連記事は金なし、コネ無し、フィリピン旅行、その2「スービック、アンヘレス編」」 をクリック。
 マニラに戻ると、マカティ・アベニューとJP.リザールの交差点の真中で2台のジープニーとバイクが衝突して立ち往生していた。ジープがバイクに追突し、そこに別のジープが体当たり、といった所だろうか。意地の張り合いなのか、なぜこんな状態でぶつかるか理解できない。いずれにせよ死傷者の出るような事故ではなかったようだ。

英会話学校、EIEN訪問

 フィリピンで留学型の英会話学校がブームになって久しい。フィリピン全土に約700校、生徒数500~700人規模の学校もあるというが、これらは100%が韓国資本だそうだ。これらの英会話学校は宿舎を併設し、韓国、台湾、日本などからの10代~60代の生徒に、1週間~1年程度、英語尽くめの生活を提供する。料金は3食、宿舎、マンツーマンの英会話授業付で1ヶ月10万~20万円程度。アメリカなどへ留学する5分の1~10分の1だという。英会話が出来なければ就職もおぼつかないという韓国からは年間5~10万人の留学生がフィリピンに押し寄せているという。









 今回訪問した EIEN英会話学校はマカティから北にちょっと離れたオルティガスのビル街にあるが、オルティガスだけで40の英会話学校があるという。これは1990年代のビル建設ラッシュの時に大量の高層ビルが建設された結果、借り手市場になり、安い物件が大量に出たためと推測される。
 EIENは韓国資本ではあるものの、本社を日本に置き、日本のマーケットを中心に生徒を募集している。したがって、生徒比率は日本、韓国、台湾がそれぞれ30%、その他が10%だ。生徒数は現在、60名程度だが、昨年までは200名程度在籍した。来年になれば、韓国経済が復興し、再び大幅に生徒数が増えるものと見込んでいる。
 社長の李さんは東大の大学院を終了した後、東大で社会学の講師をする傍ら、2006年にEIENを立ち上げたエリートだ。英会話の次はフィリピンで日本の介護老人を対象とした介護ビジネスを立ち上げようと計画している。
 学校の入り口はいかにも韓国式で派手派手だ。内部の設備も決して美しいとは言いがたいが、充分清潔で機能的だ。マンツーマンの教室も1.2m角程度で極端に小さい。日本人が経営したらこのような感覚は生まれてこないと思う。李さんによると、日本人経営では決してこの価格は実現できない、だから、フィリピンの英会話学校は100%韓国人経営なのだという。現在、63の 教室があり、したがって63人の先生が働いている。もちろん先生は全員フィリピン人だ。毎日6時間、マンツーマンの英会話の授業を受けるそうだが、いやがうえでも英語が上達するだろう。そして外へ出れば、英語尽くしの世界が広がり、実戦の場にも事欠かない。

















 14階と15階が事務所、教室、自習室および食堂となっている。7階、16階、17階は居室で、一人、2人、3人部屋などがある。元々コンドミニアムであるものを改装して学校にしたものだ。
 韓国人のフィリピンに対するイメージについて李さんに質問してみた。フィリピンで英会話を勉強しようと日本人に声をかけたとしても、10人中9人は、「あんな危険なところで?」と拒否反応を起こすだろうが、韓国も同じだったと、李さんは言う。しかし、1990年代、フィリピンで英語を勉強した人が見違えるように英会話がうまくなって帰ってきて、安い、近いということで、われもわれも押し寄せるようになったのだそうだ。フィリピンが危険などというのは単なるイメージであって、実際に行ってみればすぐにそんなイメージは払拭される。だから韓国からは、年間70万人の観光客が訪れ、日本をはるかに凌駕するようになっている。日本でも何かのきっかけで、そんなブームが来ないものかと期待しているのだが。












画面をクリックすると拡大してみることが出来ます。

2009年6月28日

マニラ裏町探訪(その2)

 昨年11月に紹介した「鳥新」のオーナーの高橋さんが、同じエルミタのマビニ通りに居酒屋「祭りばやし」をオープンした。以前より少々広めでゆったりしているが、メニューは基本的に同じ、焼き鳥を中心にした各種居酒屋料理だ。9時ごろ入店したが、席がないほどの盛況ぶりだった。
本ブログの関連記事はマニラ裏町探訪をクリック。
 「祭りばやし」はマビニ通りのホテル「アリラン」の脇にあり、パンパシフィック・ホテルから南へ、歩いて5分くらいのところにある。入り口は相変わらずに目立たないので気をつけないと見過ごしてしまう。








 料理は一皿せいぜい100~200ペソなので、1000ペソもあれば二人で充分楽しめる。普通の和食レストランでは味わえない家庭料理が多いので注文するのが楽しみだ。メニューにはない日替わりメニューが壁に張ってある。しかし、少し遅く行くと品切れが多いのがはやっている証拠だ。この界隈は観光客を目当てに大小のレストランやカラオケが軒を連ねているが、「祭りばやし」は穴場中の穴場といえ、フィリピン通の日本人でいつもにぎわっている。
画面をクリックすると拡大してみることが出来ます。

2009年6月27日

マニラは洪水シーズンに

 マニラにいよいよ恒例の洪水のシーズンがやってきた。マカティで頻繁に洪水被害が起きるのがパソンタモ通りだ。1990年ころアモーソロ通り沿いに流れる川から溢れ出た雨水によりパソンタモ通りに向って車が流れていったのを目撃したこともある。店で食事を終えて出てくると道路は川となり、そのまま数時間立ち往生したこともある。パソンタモ通りは、そんな洪水銀座だった。
 2004年ごろから2~3年かけてパソンタモ通りに大きなカルバートの下水溝が設置され、これでパソンタモ川も姿を消すものと期待された。しかし、世の中はそんなに甘いものではないようだ。今年も雨季に入ったばかりというのに、パソンタモ周辺は早くも洪水に見舞われている。しかし深いところでもせいぜい20cm程度の深さなので人々は靴を脱いで歩き、ジープニーやSUVは平気でかけ抜けている。







 これほど簡単に道路が冠水してしまうのは、まず第1に、マニラそのものがほとんどフラットな地形のため、下水管に勾配がとれず、管を流れる雨水の量が少ないことだ(日本のように管を数十メートルの深さに埋めて、末端でポンプアップするなどという芸当はやらない)。だからちょっと強い雨が降るとすぐにキャパシティをオーバーしてしまう。第2に、下水管のメインテナンスをほとんどしないため、管内は泥やゴミで埋まってしまい、管の断面積が小さくなっている。しかも庶民は下水に平気でゴミを流す。第3に、当たり前だが、強い雨が頻繁に降る。







 この辺のところを見越して、それぞれの店や家は50cm近く道路面より高くなっている。洪水になったら水が引くまでじっと待つ。これが庶民の防衛策で、ちょっと洪水になったからと言って、ギャーギャー騒ぐ人はいないのだ。ちなみに私のコンドミニアムは2階となっている。これは洪水になっても水に浸かる心配はない、停電でエレベーターが止まっても平気。火事になって2階から飛び降りても死ぬことはない、という色々な状況を考慮のうえでの選択だ。

ヘリコプターの旅

 Makisonの運営するジャトロファ農園の見学をヘリコプターで行なった。陸路であれば往復12時間はかかろうというものが、たったの3時間で済ますことができた。快晴に恵まれた今日は、普段は見ることのできない空からのマニラ、そしてマニラの北、ブラカン、ヌエバエシヤ、パンパンガなどの風景を満喫することができた。

マニラ・ドメスティック・エアポートを出発。









 左はマカティのビル群。中央はアヤラ財閥が開発しているコンドミニアム「The Residence Green Belt」の威容。今、マニラで一番高いビルだ。右はマカティの商業の中心、アヤラセンターのグロリエッタ。これもアヤラ財閥の開発だ。









 同じくマカティのビル群。前の写真とは90度角度が違う。中央のビルはシャングリラホテル。右はアヤラ通り沿いのパシフィック・プラザ。マカティで最初の高層コンドミニアムだ。









 左はブエンディア通りとジュピター通りが並行して走る。左手前がウルダネッタ・ビレッジ、右はベルエアー・ビレッジの住宅街だ。マカティの中心市街地はこのほか、フォルベスパーク、ダイスマリニャス、サンロレンソーなどの高級ビレッジに囲まれている。右の写真はマニラ唯一の川ともいえるパシッグ・リバー。この先、マカティ中心市街地から外れて庶民の街と住宅が延々とつづく。









 左はこのブログでもたびたび紹介しているEDSA通りのMRTの延長工事。右はすでにブラカンの田園地帯に入ったところにあったマンゴ農園。
 マニラから北はバギオまで、ブラカン、パンパンガ/ヌエバエシヤなど県が続くが、ほとんどまっ平らの平野が延々と続く。規模としては関東平野よりはるかに広大だろう。しかもどういうわけか河がほとんどない。









 農園に到着したヘリコプター。これから帰途に着く。右の整然とした建物群はなんと養豚場だ。









 広大な平野にぽっつりとそびえるアラヤット山、第2次世界大戦中、抗日ゲリラのフグハラハップが立てこもったことで有名。右はピナツボ山の火山灰によって埋められた河。帰りは西側の山岳地帯に近いところを通ったので河が多かった。
 ケソン市は大学の街としても有名で、フィリピンの名門、アテネオ大学のキャンパス。中央の道路の右側は天下のフィリピン大学(University of the Philippines)の広大なキャンパス。









 マカティに次ぐ第2都心として発展が目覚しいオルティガスのビル群。右はSMメガモールだ。









 第3の都心として開発が進むのがボニファシオ・グローバルシティ。手前はマニラ・ゴルフクラブ、都心にあるため、会員権は今でも4000万円という高嶺の花だ。右は2階建て高速道路のスカイウエイ。ほとんど車が走っていない。元ラモス大統領の偉大なる無駄遣いといわれているが、現在も延長工事が進められている。
 マカティの中心市街地の4分の一を占める超高級住宅街のウルダネッタ・ビレッジ。ほとんどの家にはプールがあり、お金持ち達が住むフィリピンの別世界だ。

 最新鋭のNAIA(Ninoy Akino International Airport)の第3ターミナル。現在はセブパシフィックの専用だが、近いうちに老朽化した第1ターミナルにとって代わる事になるだろう。